第2編・各論〜第6章 行事

行事全般
 教育は心のつながらないところに効果はない。互いに関心を持ち合える、その関係の中にこそ互いに影響されるところがあるのである。そして、この「心のかよい」こそ集団の力を生む源泉である。新しい北陵高校を創造していく上で欠くことのできないものである。すべての行事はこの考え方の上に成り立っている。

宿泊研修
 全員が一ヶ所に集まり、寝食を共にし、裸になって人間を語り合おうというのがこのねらいである。あわせて、北陵高校での生活のルール、勉強の仕方などについてのオリエンテーションという意味を持たせている。しかし、入学早々に実施されるので、生徒の自主活動という点では必ずしも十分とはいえないという点に問題がある。

臨海学校
 他校に見られない独特の行事である。海水浴だけでなく、海釣り、川釣り、植物採集や地質調査を含めて多様な活動の中で個性を発見し、それを磨いていくことがそのねらいとなる。夏休み中のクラス行事にかわる意味もあって、学級独自の計画も多く盛り込まれている。問題点は、1学期の成績が出たあとでの個別指導の期間がほとんどなくなるということである。このことを考慮に入れた指導計画を考える必要があろう。

林間学校
 集団登山によって、団体行動の訓練を行い、山を踏破する気力と体力を育て、自然の美しさ厳しさに接して豊かで美しい情操を養うことを目的にして実施する。1年で海、2年で山という考え方であるが、臨海学校と同時期に行った場合に残留の3年生の授業を大幅に縮小しなければならないことや、多人数の登山の場合、天候の急変に対応しにくいということなどから、実施方法・時期について検討することになっている。

見学旅行
 基本的には教科学習活動の延長・拡充という考え方に立って、グループ研修の指導に力が注がれている。1年での地理の野外調査(「さっぽろ」として毎年まとめられている)の経験を生かして、充実したレポートも数多く出されている。見学個所は京都・奈良を中心に札幌では見られないものを見るという考え方で見学コースが設定されている。問題は、期間中の残中1・3年の時間割に偏りができて、時間を埋めたというだけの状態になってしまう点にある。部分的に休業日を設定するなど考える必要があろう。

北陵祭
 文化系部活動の発表とクラスの発表とが軸となっている点では既設校と変わったところはない。違う点は、バザー(食堂と売店)以外では金銭を扱わないというところである。48年度の第1回から今年(51年度)の第4回まで、その方針は変わっていない。これが屋台や喫茶といった安易な方向にブレーキをかけ、8mmとか寄席とか茶屋といった工夫を生み出し、協同作業を引き出しているようである。そのほか、外国人を招いてのシンポジウム、学校の歴史とその年のテーマを展示するテーマ会場などが特色となっているといえよう。しかし、一方には合唱コンクール、シンポジウムといった努力を要する方向に進むのではなく、ともすると安易な方向に流れやすい屋台、喫茶志向が依然として根強く存在している。これにどう対処していくかが今後の重要な課題となろう。

球技大会
 ねらいは特別に他校と変わった点はないが、方法について二つの考え方が交錯している。放課後を利用して行えばよいという考え方と、授業を割いても3日ないし4日で終わらせるのがよいという考え方である。さらに、学年別に体育の授業に出てくる種目をするという考え方と、学年の枠を外して希望の種目について実施するという考え方である。現在は期間・実施方法とも後者をとっているが、初回戦で負ける確率の高い1年生はその後することがないといった点で多少問題があろう。

スキー授業
 北海道にふさわしい体育授業として3学期の体育授業時数に相当する18時間をこれにあてている。初年度は1学年だけだったので全教員が参加して3日間実施した。2年目からは4学級を1単位としてそれぞれ3日間実施した。体育の授業としては十分な成果をあげながらも、学級数の増加に伴って時間割の関係でいくつかの問題が出てきている。スキー授業と振替になる他教科の時間に偏りが出るという問題である。この点の解決が今後の問題となろう。

マラソン
 屯田移転を機に50年度から実施した。持久力の不足しがちな都会の生徒に耐える経験を与えたいということがそのねらいである。ただ本当にその経験が必要だと思われる生徒が、体力にあった速度でという隠れ蓑に隠れて自分を甘やかしてしまうという点が問題だといえばいえるが、この行事も大切に育てていきたいものである。

芸術鑑賞
 札幌にいるのだから、文化的な催しには恵まれているはずだが、自分の好みに偏ってしまって、意外と触れていないのが実情である。そこにこの企画の意味がある。3年間に音楽、現代演劇(映画)、古典芸能の三分野に触れて、少しでも視野を広げていこうというものである。