北陵だより第15号/昭和51年7月10日発行


[北陵だより第15号 1ページ]



巻頭言
PTA会長


 浅学非才な私は、会長という器ではありませんが、みなさんのご推挙にあまえてお引き受けを致しました。この1年間、きびしく、温かく、生徒諸君のために一層のご指導とお力添えをお願い申し上げる処でございます。
 青少年の健全育成のため、PTA活動の促進に鋭意ご努力中のことと思いますが、当面する高校教育の諸問題の山積している現今、これに適正に対処するために、私共PTAのなすべきことは、自らお互いの研修と対話の会を開くこと、それに参加して本質的活動である学習を深めること、実践活動、未だに脱しきれない公費父母負担の軽減など、数限りなく出て参ります。
 しかし、詩情豊かな母なる川、豊平川の清流を聞きながら緑多い旧女子高の跡に開校の産声をあげて以来、今年は5周年を迎えるわが北陵は、1日1日が明日への歴史であり、校内外の環境整備、教材教具等の整備もPTAの大きな活動の一つかもしれません。
 初代会長、2代会長の残された足跡は実にすばらしく、北陵の内外にひときわ光るものをおぼえます。小中のPTA活動の一部しか知らない私が、北陵のPTA会長としてみなさんのご期待にそうにはほど遠い事かもしれません。然しPTAは私一人のみの力で運営できるものではありません。みなさんが家庭教育、学校教育、社会教育のよき理解者、よき協力者であること、そして正しい教育のあり方を見つめる姿勢をつくることも、PTAの正しい教育世論をつくり上げる上で、大切なことではないでしょうか。
 PTA活動の基盤である学級学年活動、地区における小単位の学習活動、その学習した内容や実践活動を広く伝達するための広報活動、これらが世論形成に大きく役割を果たすことでしょう。
 冬のきびしい石狩の浜風は生徒諸君をたくましく育て、春の野ばらとハマナスは生徒諸君の心にうるおいを与え、人やさしく育つことでありましょう。北陵高校の歴史の積み重ねと生徒諸君の将来にむけて、みなさんのご協力をお願いして止みません。

ゆりの木
▼近ごろの転勤に、受験期の子どもをもつ父親の、単身赴任をよく聞く。都市周辺に住まいをおき、父親の願いと責任をも双肩に担って、母親は子どもから離れられない。
▼有名校へ、一流大学へと、その道のりは遠くとも、目的完遂の為には少々の不自由にも堪え、ひたすら仕事に専念する父親の姿に、受験戦争の陰の犠牲者を見る思いがする。
▼「学歴信仰社会」に反発を感じ「生涯教育の尊重」をと願いながらそれでもなお、我が子を進学競争にかりたてる自分自身にさえ、教育本来の主旨から離れた親のエゴ、果ては人間の“業”の深さをもかいま見ることがある。
▼大勢の子どもを抱え、生活苦と闘う母を見て育った私は、その生活によって―苦しさの中から産まれる強さ、弱い者への労り、手を取り合うきずな―を教えられたように思う。親の権威も、幸せの価値観も変わったと言われる今日、子どもは親の愛から何を得、成長しているのだろうか。
▼ともあれ、健康管理者としての自信か、あるいは何かを待つ期待感か、そこに苦痛はなく、子どもに明け暮れる1日の、なんとも言えない張りのある生活がある。
▼ある種の緊張感から解放されたとき、この母のエネルギーは、何処へ向けられるのであろうか。


[北陵だより第15号 2ページ]

全道高P連大会に参加して


第1分科会
 久しぶりで訪れた釧路の街、肌寒い6月17日、高P連という全道大会に参加する機会を得て私は第1部会の(高校における行財政について)釧路公民館に足をむける。此処で前日から来釧していた「北陵だより」編集委員の2人と一緒になる。2人はそれぞれ第2部会、第3部会であったが、全体会の開会式と総会が午前中この第1部会で開かれたためである。
 昭和50年度の事業決算報告は例によって承認され、昭和51年度についても満場一致承認決定され、役員改選では新会長が選任された。
 肌寒い公民館の中で3人で弁当を戴きながら午前中の雑談をして、それぞれの部会へと分かれる。第1部会では会費値上げ問題について討論され、つづいて釧路星園高校PTA会長より、新校舎落成のためのPTA活動10年の運動とその実績と題し、行政への陳情運動、父母による環境整備、教師と父母の対話などをつぶさに披露し、中でも校舎の一部をPTAの後援会的寄附で落成した点には考える処があった。また函館商業高定時制PTA会長は、定時制であっても全日制と一緒に行政は見るべきであり、むしろ日中働いて勉学にいそしむ青少年の前途はすばらしいではないか……と叫ばれた。助言者の教育局指導課長は、PTAの生の声を今新たにして胸をうたれる思いがすると話され、今後の要請に応えるべく約束された。
 大会最終には道教育委員長、紅林先生の「その若き日々に何をのぞむか」という講演があり、ソフトで感動的な内容には胸をうたれた……。

第2分科会
 明日はと思うと、不安と期待とで車中の人となり、何十年ぶりの釧路に向かう。
 東北海道の玄関口釧路は、霧につつまれどんよりとした春の鰊時を思わせるような空模様である。
 17日午後より第2部会「生徒指導の部会」に出席致しました。白糠高「生徒指導沿い期の活動・実践について」、美唄南高「PTA活動に占める生徒指導の実態」の提案をテーマに、各地区から喫煙問題、バイク通学、列車通学、地区PTA活動の意見交換、質疑応答の活発な討議が行われました。
 その中である母親が、我が子の実例を述べられ出席者一同の胸を強く打ったことが印象に残りました。初めて大会に参加してPTAの役割、親の役割の重大さをあらためて考えさせられました。
 幸い我が北陵は校長先生はじめ諸先生の教育方針、めぐまれた環境を思い、今後学校にだけ依存せずPTAの活動を活発にする事を再確認しました。
 若い青春の芽をつむ事なく、教師と生徒、親と子、人と人との和、温かい交流と友情を大切にし、健康にすごして参りたいものと思いつつ帰路につきました。

第3分科会
 私は第3分科会の「PTAのあり方」に参加させていただきました。
 最初に厚岸潮見高校と名寄農業高校のPTA会長より、提案実践発表が行われました。その内容は、父母と教師の連帯感・信頼感が子供の教育の幸せに連なる基本であると強調され、各種の集まりを通して対話、懇談の機会を多くもち、広報を活用してPとTの共通理解に好結果をもたらした報告(厚岸)。
 また農業後継者を育てることを基盤とした教育活動、中でも父母の一日寮生活によって、子供との対話を容易にし、理解を深めた成功例を。(名寄)
 ともに地域環境は異なっても「学校と家庭の連携を深めるために、PTA活動はどのように行われたらよいか」をテーマに研修活動、地域PTA活動、広報活動のそれぞれの進め方を問題点に掲げ、人集め、経費、時間帯の悩みなど熱心な質疑応答がなされました。この中で私は広報に携わる者として、とかく低下していると言われる高校のPTAの意識回復に、“北陵だより”を通して幾分なりともお役に立てばと願い、帰ってまいりました。

話のひろば
母のねがい言

保護者

 北陵生になって、はや2年目、早いものです。高校受験が済んでホッとしたのもつかの間、又進路は如何かと……気の重いこと。
 娘は思案しながらも、ファッションがどうの、歌がどうのと呑気に過ごしているこのごろです。
 ヘレン・ケラーの幸福を呼ぶ言葉に「希望は人を成功に導く信仰である」というのを見ましたが、夢を多くもってそれに一歩一歩近づいて根性を養ってほしいもの。自分をしっかりと理解し、批判しながら情緒のある心、笑いと涙があり人を愛し自分を戒めながら立場をよくみきわめて、行動してほしいものと願っております。
 何時も云っているのですが、自分中心になんでも動いているのではなく、お互いの助けを借りながら、自分の希望にむかって近づくよう努力してほしい、そして娘には良い友達のいる幸福を……。
 親の云うことは古いとか、ナンセンスとか云うけれど、頭から否定することなく、その中より自分なりの消火剤をみつけてほしいものです。
 善悪の判断はもう出来る年令ですし、又出来得るべく勉強をしてきた筈ですもの、学生ですから学習は大事です。でも動ばかりで頭デッカチにならぬよう、静も大切と思いますけれど、時には静かな心になる習い事にも身をしずめてほしいもの。少し欲の深いねがいですが、「幸福と不幸はともに心にある」といいます。
 自分の一生は他人に左右されるものではありませんが、強情ではなく親の話、友達の話に耳をかたむけて豊かな心の持ち主になってほしい思いなのです。
 愚かな母親としての娘に対する理想像、それに近づくように努力するように祈ってのねがい言として、浅学な私がページを走ってしまいました。
 どうぞお見逃しの程を……。


[北陵だより第15号 3ページ]

昭和51年度 PTA収支予算書
 この項目は掲載いたしません。

昭和51年度 後援会収支予算書
 この項目は掲載いたしません。


[北陵だより第15号 4ページ]

昭和51年度 役員名簿
 この項目は掲載いたしません。


[北陵だより第15号 5ページ]

緑の学園を目指して


 本校は、全道のモデル校として各地から先生方、父母の代表の方が多数来校されます。校舎の施設設備とか生徒の礼儀正しさに感心して帰ります。しかし校舎の外の環境整備はこれからです。第1回生、第2回生、共に卒業記念植樹として校舎の東側と前面に植えていただきましたが、まだまだです。本年は、前庭の花壇に土壌を搬入し(トラック40台程度)、更にその上に芝生を植え、マツ類ツツジ類の灌木を植える予定です。校舎の職員玄関の前の車廻しの所には、イチイ(オンコ)を植える予定で現在交渉中です。樹齢推定200年以上、樹高10m以上、円周は60センチ以上です。このオンコが植えられますと、全道一の名木となると思います。1日も早く実現するようにと関係の方々が努力しています。
 更に本年は校地の周囲に防風林も兼ねてトドマツを中心に植樹をする予定で、これは第3回生の卒業記念植樹にと考えています。
 問題は中庭ですが、これは予算の関係がありますので、計画はありますがはっきりしていません。本年からクラブ活動に於いても園芸クラブが誕生し、生徒男女24名ですが毎週水曜日、土壌の搬入とか植樹等で汗を流し、努力しています。この生徒には何時も感謝しています。
 現代社会は人間疎外、人間喪失と云われ、人間精神が失われつつあり、1日も早く美しい緑の学園を作り、自然環境の豊かな所で勉学ができるように願っています。
 これが人間性を回復させ円満な人格の完成にもつながると思います。父母の皆様のご協力をお願い致します。

進路決定の視点(1)
進路指導部長

 「学歴インフレーション」という言葉がある。
 昨年の文部省統計によると、大学・短大へ進学した者は60万人おり、彼らと同一年令層全体の38%に相当し、5人に2人は大学生ということになるそうである。
 東京では高校卒の60%が大学へ進み、東京全体には80万人の大学生がいるというのだから、若者をみたら大学生と思えということになりかねない。
 こういう状況は、大学卒の価値を必然的に低下させ、進学を希望する者が大学を卒用してからの職業、地位、収入に抱いている夢をまさに夢で終わらせる結果を生みつつある。
 近い将来に高校への進学率は95%に達し、更に大学への進学率も高まるであろうから、大学卒即エリートはもはや神話でしかない。
 「有名大学だから」「ここならそれほど努力しなくても入れそうだから」「なんとなく大学へ行きたいから」「もう少し自由な時間を楽しみたいから」といった安易な理由で進学を考える者がいる。しかし、今は「学歴インフレ」であるゆえに、「大学で何を学び、何を身につけてきたか」がますます問われてきているのである。
 したがって、進路の決定に当たっては「何のために進学するのか」「大卒後の職業をどうするのか」を明確にすること、つまり人生設計をすることが基本的観点でなければならない。
 近年、受験勉強に苦労してやっと合格した大学を4年間で卒業する者は入学者の8割位で、留年、中退者が多いという。又、或る調査によると、学生の満足度(大学生活にどの位満足しているか)は、国立大学でも最高77%、最低38%である。私大は最高48%、最低24%とさらに満足の度合いが低下する。
 不満をもつ理由としては、一般的に言って、先に述べたような安易な態度で入学した場合であるが、それ以外に「その大学の内容」が判らなかった場合、「学部、学科」に関する理解が不足である場合などが考えられる。裏返して言えば、「目的意識」を持ち、「自己の適性」「自己の能力」に適合した「よく知っている大学」の「学部、学科」に入学すれば満足度が高いという結果になるといえよう。
 本校生も今年の進路調査結果によると、圧倒的に進学志向型を示しており、国公立大、有名私大短大を目指してしる者が多い。
 だが、正しい観点で進路決定しているかどうかまだ疑問が残る。国立大、有名大志向の裏には、無目的に「みんなが行くから私も」という主体性喪失型、「国立でなければ絶対ダメ」と親から言われている被強制型、「就職が有利だから」という功利型、「有名大学でなければ体裁が悪い」という虚栄型などがかなり含まれているようである。
 今一度、原点に戻って進路を考えてみたいものである。大学進学は、大学に入ることが目標なのではなく、よりよく生きるという目標の為の過程なのだから。

新任自己紹介
 この項目は掲載いたしません。


[北陵だより第15号 6ページ]

スクールライフ
女子硬式テニス 高体連全道大会で優勝

テニス部
 団体戦で全道優勝が決まった瞬間「やった!!」という気持ちでいっぱいで、あとは何も考えることすらできませんでした。地区大会がはじまる前から、十分な練習ができなかっただけに、優勝したのが今でも夢のような気持ちです。地区大会からはじまって、1つ1つの試合では、勝敗を意識しないで自分のペースで悔いの残らないように、心がけて参加してきました。
 私たちクラブ員にとって、全国大会に出場する荷の重大さは、いうまでもありません。北海道の代表として、はずかしくないような試合をすること、私たち3年にとっては、3年間の選手生活をしめくくる意味でも、最後の練習に励みたいと思います。

柔道部
 優勝するまでに6度試合をしましたが、試合よりも減量に苦しみました。普段から節制をしていれば、それほどつらいこともなかったでしょうが、それを怠ってしまったため、試合前、急に体重を落とすことになり、コンディションを全くくずしてしまいました。試合当日、まだ1キロほどオーバーしていて、会場で1時間ほど走りこみ、リミットいっぱいで、やっとパスすることができました。
 優勝できたのは本当に幸運であったと思います。練習量にしても、当日の体調にしても、ぼくより上回っている人が少なくなかったと思いますし、精神面においても、多分に不安定でもろい面がありました。そんな中で優勝できたのですから、運が良かったというしかありません。
 ぼくは来年もこの大会に出場することができますが、軽量級になるか中量級になるかはまだわかりません。どちらに出場することになっても、今後一層の努力を重ね良い成績を残すつもりでいます。それに来年こそは、団体戦で3位にくいこみたいと思います。

我が男子バレー部
 春夏秋冬、コートで汗を流す。夏は蒸し風呂、冬は天然冷蔵庫で練習している。でも万年3位である。
 外側から見ると、わりと楽しそうで、楽そうだといわれるバレー部。ほぼ毎日続けていると、つらい事だってある。練習したくない時だってある。
 我々の成果を示す大会。まずい試合の後は渋い顔の部員達。気のせいか会話が重々しい。負けても充実した試合の後は、すがすがしい疲労感にひたっているのだろうか。バレーに魅せられているのなら、たぶんそんな気持ちになれるのだろう。
 “バレーを通じてしっかりした人間になれ”よく言われる。けれどつらい事、いやな事がたまって、おし流されそうになる事もある。そうして頑張り続けているうちに、いつの間にかそんな人間になっているのだろう。
 後輩達も、先輩の後を継いで、苦しさや辛さの中から、少しずつ自分という人間を作り上げてほしいし、バレーをやって良かったと言える“スポーツマン”になってほしい。

宿泊研修を終えて
1年生男子



 5月2日から、2泊3日にわたっての宿泊研修を終えて、僕はこう思う。
 集団生活を通し、相互が協力することの大切さを学び、規律の精神を身につけることをねらいとして、僕は宿泊研修にのぞんだ。
 初日最初の研修は、高校での学習や進路について、指導部の先生から、そしてその後には「運命は自ら開くもの」と題して、校長先生からそれぞれ講話があった。これらの講話によって、入学当初の新しい希望に胸をふくらませ、意欲に燃えていたあの頃のことを思い浮かべた。何事も「初心忘るべからず」であることをつくづくと感じ、と同時にこれからの自分はどうあるべきなのかを、しっかりと決意した。
 その他、水泳研修やスポーツ研修によって、楽しみを味わったと共に、短時間でありながらも心身の鍛練、体力の増強をはかったこと。
 また、レクリエーションやホームルーム討議によって、相互の連帯意識を高めたこと。
 朝夕のつどいで、気持ちを安らかにするひとときをつくったこと。
 キャンドルサービスでは、ろうそくの灯をみつめながら、静かに今の自分をみつめ、皆と歌ったりして心の交流をはかったこと。
 そして何よりも、過ぎた日の楽しい思い出として、皆と寝食を共にしたこと。
 以上のような点で、この宿泊研修は僕にとって大変有意義であったと思う。ですから、この機会をきっかけにこれから3年間の学校生活において、1日1日を悔いの無いよう過ごすように努力していきたい。

編集後記
▼編集に当たり先生方や先輩の熱意あるご指導と親切を身に感じ、ふれあいの大切さを、編集のむずかしさの中より学ぶことが出来ました。「大変な仕事」の一言です。“ガンバリマス”
▼家庭教育シリーズは昨年度で終わり、本号より進路関係を取り上げてみました。よろしくご指導のほどをお願い致します。